「蓼食う虫もなんとやら」 犬山清史(「川の日」WS HP担当/よこはまかわを考える会)

これがドブ川?左上の看板は「和風スナック しゃんす」
御祓川@石川県七尾市 2000年9月
There is no accounting for tastes.
 受験勉強から何年経ったでしょうか。あれだけ詰め込んだ英単語はいまはいずこへ。それでも脳の奥の奥の方に残る一文がこれです。「蓼食う虫も好きずき。」なに蓼って?植物?まずいの?余計わからないよ。直訳すれば「趣味は説明できない」、なんだこの方がわかりやすいじゃん。そう思っていました。確かに世の中、同じ趣味・趣向の人を捜す方が大変です。みんな違うからおもしろい。「いい川」「いい川づくり」と言ってもみんなイメージが違います。だから私は「川の日」ワークショップを楽しみにしているのです。
 私はこの世界に関わってほんの10年ほどですが、その間にいろいろな川を見てきました。日本全国、一つとして同じ表情の川はなく、どの川にも心惹かれるところがあります。何よりもその川を愛し、活動する方々に私は魅力を感じているのかも知れません。
みなさんご謙遜を・・・
 2000年9月、おもしろいタイトルのシンポジウムを見つけました。「全国ドブ川市民サミット」がそれです。ドブ川をテーマにするなんてなんと大胆な企画、しかも「全国」を冠に付けているなんて!これは行くしかない。私は期待に胸をふくらませて石川県へ向かったのでした。そこで私が見たものは悪臭漂い、ゴミであふれたそれはひどいまさにドブ川・・・ではなくて港町の情緒あふれた素敵な川、御祓川でした。「どうしてこれがドブ川なの?事務局の方、何か謙遜してるんじゃないの?それとも本当のドブ川を見慣れた関東人へのあてつけ?」などと思いつつワークショップに参加すると、地元の方々はこう言うのです。「どうしようもないドブ川」だと。そんなことはない、御祓川はすばらしい川ですよとコメントするとそうかな〜という反応。だって子供は釣りをしているし(ちゃんと釣れている)、川沿いには遊歩道が整備され歩けばいろいろな発見がある。それ以上に御祓川をなんとかしようというという人々が集っているということが「いい川」の証拠じゃないですか。
 時は流れ、2001年・夏。第4回のワークショップ2日目、二次審査の舞台の上には御祓川の方の姿が。どうしてどうして去年はあんなにドブ川であることを自慢していたのに、今や川を中心にしたまちづくりを胸を張って自慢しているではないですか。電子メール等を通じての情報では川歩きやイベントも行われているようですし、やっぱりあれは謙遜だったんですね。
つまみ喰いじゃだめなんですね
まぶしい白さ。
 連休中、渋谷川をサイクリングしました。東京のど真ん中を流れるこの川は源流から渋谷駅までは暗渠、そこから下流もコンクリートで囲まれたまさに「ドブ川」です。いいえ、正確には「ドブ川だと思っていた」と書かねばならないことに気づいたのは潮風を感じた時でした。
 川沿いには自転車で走る道はなく、橋ごとに川をのぞき込んも生き物の「におい」を感じない。首都高の下では臭いがひどく、水も本物以上にくすんだ色に見えます。周辺のビル景観はコンクリート水路の深い鉛直方向を強調しています。久しぶりの自転車でお尻が痛くなってきたせいもあり、いい加減疲れもたまってきていた頃、目の前の景色が大きく開けました。海です。終点の日之出桟橋までやってきました。久しぶりの感動でした。ここもまた高速道路の下ですが、それまでの疲れはどこかへ飛んでいってしまいました。そしてさっきまで「ドブ」だと思っていた渋谷川が私の中で「いい川」の一つとして記録されたのでした。源流から河口まで、じっくりでなくてもその川をその姿を眺めて見ることが大切なことなのだと改めて感じさせることになったのです。
 御祓川でも海から源流(私が歩いたのは放水路からの取り込みまでですが)まで歩くことができたから「いい川」だと思えたのかもしれません。今まで私が「ドブ川」だと思っていた川ではのんびりまわったことはないかもせいれない。逆に考えると、川とつきあいの深いその川をよく知っている人たちがいるからこそ、見た目は「ドブ川」でも「わが自慢のいい川」と呼ばれるのかもしれないですね。
 今年もワークショップまで2ヶ月となりました。今年はどんな「虫」たちが集まってくるのか、今から楽しみにしています。
 次回は堺かなえさんです。

他己紹介:堺 かなえさん
第1回より「川の日」ワークショップを陰で支える堺さん。もはやこの人なしではワークショップは成り立ちません。カヌーや自転車などを通じてアクティブに川と関わっている彼女だけに「いい川」「いい川づくり」には一言二言あるはず。今年のワークショップを前になにを思うのでしょうか。


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