このページは、ちょっと前、、、もしくはずっと前に水辺でたくましく遊んでいたもと水ガキに、昔をふりかえってもらい、「あんなことして遊んだよ!?こんな秘密の場所があったよ!?など、 メッセージを書き込んでいただくページです。われこそは、昔の水がきと思われる方は、どんどん投稿してください。昔の水辺の写真も募集しています。思い出の古いアルバムを、ちょっとひも解いて、、、、水ガキの話を聞いてください。さぁ、メッセージの第1号は、1975年から80年代の水がきです!!



遅れてきた「水ガキ」 
犬山清史(全国水環境交流会、1970年神奈川県生まれ)



現在の境川の風景。
□貧弱な原風景
 湘南生まれ、湘南育ち。幼少の私にとって川はあまり身近な遊び場ではありませんでした。歩いて15分程度で境川の河口へ行くことが出来たけど、当時から矢板+コンクリート護岸の川だったので遊びに行くといってもハゼ釣りぐらい。川沿いの砂利道を歩いて海まで散歩するのが私の原風景って原稿に書いたらある方に「ずいぶん貧弱な原風景だね〜」って言われました。確かにそうだけど、貧弱なのは私の思い出じゃなくて川そのものだったのかも知れないですね、今思えば。
 そんな川の思い出だけど、祖父が「小さい頃には橋から川に飛び込んで遊んでいた」というのを聞いてちょっとびっくりしました。私が子供の頃は決してきれいな川じゃなかったから。私のクラスへ関東大震災の話をしに来た時、「津波が川を上ってきた」という話もしていました。片瀬川(近所の人は境川の下流部のことをそう読んでいたそうな)ってそんな川だったんだ。ちなみに我が母校の校歌には川の名前が入っているんです。これは自慢のタネ。


□ハレの日の川遊び
 小学校ちょっとあがる前からスイミングスクールに通っていたので水泳はお手のもの。とはいえ普段はプールや海で泳ぐことが多かったので、あまり川で泳いだ思い出がありません。でも今回は水ガキをテーマに原稿を書かなければならないので記憶の糸を紐解くとともに、古いアルバムもめくってみました。たしかどっかに泳ぎに行ったことがあるような気がするんだけどと探していると、ありました。川で遊んでいる写真。場所はわからないけど周りにたくさん子供が写っていて、一緒に兄弟やいとこも行っているようなので子供会か何かかな。川底が見える、流れがあったり、深いところ・浅いところのある川遊びは、海のそれとは違う新鮮で、日常とかけ離れた体験だったのだと思います。


1975年、どこの川でしょうか。泳げる川はすごく新鮮でした。



誰もが水ガキに戻る、
郡上八幡・吉田川。

□遅れてきた「水ガキ」
 中高生の頃は部活動やなんやらであまり水辺に行くこともなく、川に興味を持つようになったのも自分の足で(車で)動けるようになった大学生からでしょうか。卒業論文の調査では多摩川にずいぶん通いました。通学の電車の中では「境川の上だからまだ町田か」とか「今日の多摩川はちょっと水が多いな」とか「夏の野川はほんとに水がないな」とか、車窓から見る川の風景を楽しんでいました。
 シンポジウムのエクスカーションや釣り熱の再燃などで全国各地、世界各国の川へ出かけるようになり、いろんな場所で水ガキどもを見かける機会が増えてきて思うことは「今の子供達は僕らの頃より川で遊ぶことが多いんじゃないの?」って。幼少期に川で遊ぶ機会が少なかった私はそれをうらやましく思い、どこに行くにしても海パン持参でというのが最近の私のスタイルなのです。
 どこかきれいな川で遊びたいな〜ともんもんと(?)していた2002年の夏、テレビで見た小学生が橋から川へダイブする光景がフラッシュバック。あれってどこなんだろうと知人にメールすると「きっと郡上八幡だよ。」との応えが。話には聞いていましたが行ったことがない水ガキの聖地。郡上おどりも終盤を迎え、満室御礼の旅館の中からなんとか宿を探し出し、Go west!噂に違わず、水量豊かな吉田川。さすがに橋からは怖くて飛び降りるのはやめましたが、岩から飛んだり、魚釣りをしたり。自分の子供の頃にこんな川が近くにあったらさぞ楽しかっただろうと川遊びに夢中になった30過ぎの水ガキでした。なお郡上八幡のレポートはこちらにありますのでご覧下さい。


□そこに水がある限り
 日本全国の川が吉田川みたいなところではないのですが、現代の水ガキは様々な工夫をしながらいろんな遊びをしていますね。魚を捕ったり、筏を作ったり、釣りをしたりと。川の日ワークショップや各地のワークショップ、水辺の楽校での活動を見ると子供達の想像力の豊かさを改めて感じさせられます。
 そこに水があるかぎり水ガキは永遠に不滅なんだと思う遅れてきた水ガキは思うのです。



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