MIZUKAN
National Association for Local Water Environment Groups
http://www.mizukan.or.jp


Bordered? Borderless?
淀川と一口でいえど琵琶湖から河口まで、名を変え姿を変えて流れていきます。そんな淀川を一気に巡る旅。結構ハードなんです、これが。

2004年11月15日 犬山清史(全国水環境交流会)


寒風吹きすさぶ琵琶湖。
SuicaとIcoca
 そういえば「関西でもSuicaが使えます」ってCMでやってたな。兵庫県JR尼崎駅、券売機にカードを入れるとちゃんとチャージも出来る。もちろん改札もピッとタッチして通り抜け。ずいぶん便利だな、もう関西とか関東とかいう境はJRに関してはないみたい。尼崎から東海道線に乗り込んで目指すは琵琶湖。大阪府、京都府を通って滋賀県は膳所(ぜぜ)駅を目指します。「マックなんて言ったらみんな振り向きますよ!」とは今日の水先案内人、自称近畿水の塾のアイドル西下さん。電車の中でマクドナルドの話題になったときのこと。そういえば京都出身の友人が「マックちゃうで、マクドや、マクド!」と言っていたのを思い出した。これは改札を通り抜けないらしい。ちなみにJR西日本の磁気カードはIcoca。子供用もあるらしい。

淀川の始まりは
 膳所の駅を下りて北東へ歩き、プリンスホテル付近から琵琶湖のほとりへ出ます。何度か琵琶湖に来たけどのんびりと湖を眺めるのははじめて。感想は、「広い」。滋賀県の面積の1/6を占めているというのだから当たり前だけど、芦ノ湖や富士五湖を見慣れていると山の中という感じがないので特に感じるのかもしれません。電車、バスを乗り継いで琵琶湖と淀川の境界、瀬田川の洗堰へ。琵琶湖の水位をコントロールしているこの堰、このときは100m3/sの水を下流に流しているそうですが洪水時や渇水時にはそのコントロールにずいぶん気を遣うとのこと。上下流の洪水だけでなく、放水による琵琶湖の水位の低下がもたらす生物への影響(産卵場所が干上がるとか)にも考えないといけないとか。普段は穏やかな川の流れで、堰の上流では大学生がレガッタの練習をする瀬田川なのでした。

京の流れはおしとやか、でもない
 石山寺駅から電車を乗り継いで京都市内へ。関西は私鉄が発達しているので便利です。下りたのは三条。階段を上ると鴨川。夏の川床で有名ですが、紅葉のシーズン(ちょっと早いけど)ということで観光客でごった返しています。ちょびっと散歩して四条から再び電車で宇治に移動、宇治川へ。天ケ瀬ダムからの放流は多く、川の流れも結構早い。京都市内よりこちらの方が紅葉が早いようで山にはちらほら赤い文様が出来ています。宇治といえば平等院鳳凰堂。あ、行き忘れた。お昼に食べた豆腐料理のお店のランチでおなかがいっぱいで思考回路も満タンになってしまっていて。

川に沿って電車は走る
 京都から大阪へと向かう京阪電車は淀川に沿って走っていきます。96年に全国水環境シンポ&交流会を開催した枚方市、川に学ぶで訪れた八幡市を抜けて大阪市内へ。電車の中からも淀川の河川利用の状況を見ることが出来ます。ゴルフ場やグラウンドとしての利用も多いようです。といっているうちに特急は京橋へ到着。JRに乗り換えて桜ノ宮へ。そこから水上バスに乗り水の都、大阪巡り。大川(旧淀川)から寝屋川方面へ、大阪城の先でUターンし、中之島をかすめて淀屋橋への短い船旅ですが、東京の隅田川クルーズよりも橋までの高さが低く(地べたと水面が近いということ)、よりウォーターフロント感が高いような気がします。土曜まで水上タクシーや水上カフェなどのイベントをNPOが開催していたそうで、残念今回は参加できませんでした。

淀川は大阪の宝物や!
 さて最後の目的地は淀川のワンド。地下鉄谷町線に乗って北上、千林大宮駅から堤防目指して歩きます。そして堤防を上がるとそこには噂には聞いていた淀川のワンドが広がっています。もともと水制があったところに土砂などがたまって出来た淀川のワンドですが、天然記念物のイタセンパラの生息地となっていたり、市民の憩いの場となっていたりとあたらしい河川環境のあり方へと姿をかえています。もう少し下流、新幹線おりて地下鉄で梅田に向かう時に渡る新淀川大橋あたりの大きなヨシ原といい、まさに淀川は大阪における自然の宝庫といえるのではないかと感動し、日が暮れていきました。

<参考ページ>
瀬田川洗堰については
琵琶湖河川事務所 http://www.biwakokasen.go.jp/
淀川全体は
淀川河川事務所 http://www.yodogawa.kkr.mlit.go.jp/

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観光シーズンまっただ中の宇治川ですが、紅葉にはちょっと早かったでしょうか。

夕暮れの湾処でデ・レーケが水制を設計した頃に思いをはせる。